土地のカルチャーに飛び込む

――DOMINO ARCHITECTS 大野友資インタビュー〈後編〉

 

 

前編では、シザとスカルパ、そしてnoizでの経験を通じて形づくられた「文脈を編み上げる」建築観を聞いた。後編では、北海道の牧場「BANKEI FARM」、WHAT MUSEUMでの作品「PULP FICTION (jetway)」、そしてPAN沖縄プロジェクトのランドスケープへ——独立後の実践を通して、その思想がどう展開されているのかをたどる。

聞き手:PAN沖縄準備室(黒沢聖覇、エーブル)/ 202669


BANKEI FARM——農場のボキャブラリーで設計する

——PAN沖縄のランドスケープをご依頼するきっかけにもなった、北海道の「BANKEI FARM」についてお聞かせください。

大野 札幌駅から車で20分ほどの盤渓(ばんけい)という山のエリアに、洋菓子メーカー「ユートピア・アグリカルチャー」が運営するファームを作るプロジェクトです。当時70歳くらいの会長の肝いりで、ほぼポケットマネーで「やらせてくれ!」と()。会長は札幌農学校の出身で、若い頃に「ユートピア農場」という養鶏場を経営してうまくいかなかった苦い経験があって、洋菓子で大復活を遂げた後、ライフワークとしてもう一度リベンジしたい、と。敏腕の息子さん——BAKE」や「プレスバターサンド」を立ち上げた方ですが——との親子二代の共同プロジェクトでした。

面白いのが仕組みで、牛と馬を同時に放牧すると、蹄が硬い土を耕し、繁茂した笹を一気に食べてくれる。柔らかくなった土に光が当たり、埋没していた種子が発芽して、ブナやクヌギも生えてくる。極相林化した山を若返らせる手段としての放牧を、北大との共同研究で始めたんですね。そこに牛、馬、鶏をのびのび飼う空間と、「世界で一番新鮮な卵を買える」直売所を作る、という依頼でした。


BANKEI FARM, designed by DOMINO ARCHITECTS. Photo by Gottingham.

 

一番難しかったのはコスト感です。いわゆる農業の空間としては、パイプハウスやトラクター小屋といった慣習的な作り方がすでに存在していて、建築家が提案するような建築とは相場が明らかに合わない。一番安い木造倉庫でも当時坪単価30万円なのに、パイプハウスなら「坪5万でできる」と言われた()。必要とされるボリュームを建築として建てると予算を遥かにオーバーしてしまう。じゃあ全部パイプハウスでやればいいんじゃないか、と。そこに建築家としての知見で動線計画、耐雪性、拡張性の設計を織り込む。農家さんは必要に応じて、当たり前のようにDIYでパイプハウスの機能を足していくので、最初から拡張性のあるシステム的なディテールをフレームに組み込んでおく。それでパイプ自体を特注したんです。「特注は高いですよ、坪7万になっちゃいます」と言われて()。木造の坪30万で悩んでいたのに、坪7万で「高くてごめんなさい」と言われている。そこにすごく可能性を感じました。

建築家として建築の文化を彼らにインストールするのではなく、僕が彼らのカルチャーに入って、彼らのボキャブラリー、彼らが普段使っている建材で、彼らの立場で建築家の役割を全うする。エスノグラフィーみたいなやり方ができると面白いな、と確信した瞬間でした。

——チーム構成も特徴的だったそうですね。

大野 コンペ直前から生態系の専門家の片野晃輔さんと組んで、面白い論文をたくさん引いてもらったり、北大の先生とフィールドワークをしたり。それから偶然、会長の家の庭師さんがアイヌの血を引く方で。アイヌの方たちは山を「病院」「学校」「冷蔵庫」「墓」と呼んだりする。山が持つ意味が彼らの中にいっぱいあるんです。「この植物は残して大丈夫」「水源がここにあるから道はこう作るといい」と、山を深い深度で理解している方と歩き回って、ランドスケープの方針を一緒に立てました。

自分一人で全部を賄うのではなく、プロジェクトを通していろんな知見をもらいながらその文化にダイブして、自分のやれることを発揮する。主張をぶつけ合ってアウフヘーベン(止揚)するやり方は得意ではなくて、向こうの文脈に飛び込んで「そっちではどうやるんですか?」と聞いて、「じゃあそのやり方を踏襲して、建築家の職能で計画させてもらいます」というほうが楽しめる。その場所にあるものをリスペクトする目線で空間を構成すると、プロジェクトにとってノイズのない必要十分な状況でやりとりできる。やるべきことがおのずと見えてきて、ディテールの密度も上がっていきます。それが繰り返されると、結果として大きなスケールとしては見たことのない雰囲気になっていく気がしています。

 

PULP FICTION (jetway)——存在しない建築模型

——現在WHAT MUSEUMの展覧会「波板と珊瑚礁 - 建築を遠くに投げる八の実践」(※3)で展示中の「PULP FICTION (jetway)」は、搭乗橋を輪のように繋いだ作品です。これはどういう経緯で作られたのでしょうか?

大野 もともとボーディングブリッジという空間に興味があったんです。動く飛行機と動かない空港を繋ぐ中間の空間で、飛行機の位置に合わせて動かなければいけない。車輪も付いてるし()、「これ変だな」とずっと思っていて。この空間だけをトリミングして独立させたら、伸び縮みし回転するパフォーマンスの舞台装置に使えるんじゃないか。そのうち「いくつか繋げたら輪になる」というイメージが浮かんできました。

僕らは普段、プレゼン用には模型をほとんど作らないんです。3Dモデルをその場でリアルタイムで粘土細工みたいに編集するやり方なので、マケットはスピード感として遅い。それに模型を作ると、お施主さんに「モノとして面白いからこれでいい」という別のジャッジが発生してしまう。物質があるから有無を言わせない、みたいなポーズはあまり健全じゃない。だから「建築模型の新しい可能性を示すような作品を」と言われたとき、実物が存在しない架空の、妄想の模型を出そうと思った。建築の展示には実物がないというトートロジーがあるのですが、逆にそれを主題にできないかなって()1/10で作った模型が1/1として感じられ、それ自体が作品として自律している状態を作ることが、「模型の可能性」というお題への僕らなりの誠実な返し方なんじゃないかと。オリジナルがなく、何かのリプレゼンテーションでもない。めちゃくちゃリアルなのに、過去にも未来にも存在しない。その真空状態にすごく興味があったんです。


Corrugated / Coral - Eight Practices to Project Architecture Afar (WHAT MUSEUM), work by Yusuke Oono (DOMINO ARCHITECTS).

 

それと、作家と作品が11で存在しているほうが分かりやすい関係が生まれると思って、完全に一人で、手で作りました。設計図も手順書もない。シェアするための作り方に最適化する必要がなく、間違えたらその場で繕う判断も全部頭の中でできる。一切外に出さないことで、いろんなものがピュアになっていく感覚がありました。設計や建築とは全く逆の作り方ですけど。

——シュルレアリスティックというか、エッシャー的でもありますね。

大野 フィクションとリアルの重ね合わせには、noizにいた頃からずっと興味があるんです。頭の中で想像する空間と実在する空間のズレや摩擦。廊下の曲がり角の先、部屋の隅の暗がり——人には空間を勝手に補完する力があって、そのエネルギーが物語を生み出します。そういったものを作りたかったのかもしれません。ただ、この作品もこの機会がなかったら一生世に出ていない。内発的な制作のモチベーションがあるわけではなくて、あくまでクライアントと文脈があって初めて生まれる、すごく緩いコミッションワークなんです。

※3 「波板と珊瑚礁建築を遠くに投げる八の実践」
WHAT MUSEUM(東京・天王洲)にて2026421—913日開催。建築家8組が模型を概念や思考の断片を担うメディウムとして捉え直す新作模型展。タイトルは人工素材(波板)と自然の構造物(珊瑚礁)という、異なる時間とスケールが共存する状態の比喩。外部キュレーターは砂山太一。

 

PAN沖縄——陣取り合戦としての庭

——ここで、ようやく沖縄の話です。PAN沖縄のランドスケープ計画についてお聞かせください。

大野 このプロジェクトは本当にいろんなものに恵まれています。敷地は海沿いで、陸の植物と海から這い上がってくる植物のちょうど中間態のようなエリアにある。最初に視察したとき、伐採前で自生の植物が猛威を振るう、樹勢のすごいジャングルのような状態でした。近くのフィールドワークでコンクリートブロックの塀が雑草に覆いかぶされ侵食されている様子を見て、「沖縄で生態系を考えるとはこういうことか」と。蔓延ってくる猛威に対して、どこまで陣取り合戦で入り込んで場所を確保できるか。ある意味、動的な平衡状態がずっと続くんだろうな、と思ったんですね。

だから管理コストのことを考えて、大きく切り開くのではなく、作る場所を最小限に、クッキーカッターで森をくり抜くみたいに小さなエリアを開いて、そこだけは死守することにしました。くり抜かれたエリアどうしが緩くつながって庭ができる、という考え方です。それぞれのエリアが、囲まれて落ち着ける場所、日陰のある場所、海が見えやすい場所といった、少しずつ環境の異なる空間になっていく。

そうした過程で、象徴的な出来事がありました。仮伐採をして検証のため敷地に入ったとき、ものすごく大きい石灰岩が、想定していたサークルのど真ん中で見つかったんです。このエリアの地盤を作っている石灰岩が隆起して飛び出している、本当に地球が見えているような状態。石をメタファーにして宇宙を感じる文化はアジアの庭に共通しますし、それをきっかけに「庭を見出す」ことへの可能性を感じました。

 
Landscape area of PAN Okinawa, key visual by DOMINO ARCHITECTS & veig.

 

もう一つの特徴は高低差です。全体的には建物の場所から崖に向かってなだらかに下がるスロープ状の地形で、水気を好む植物が低地に、乾燥に強いものが高地にと、勝手なグラデーションができている。細かく見るとその中に小さな起伏のある複雑な形状をしていました。一般的なランドスケープでは一度更地にしてから施工が始まりますが、僕らはできるだけ既存の窪みや小高い山を活かしたい。そこで考えたのが、坂の中に高さの変わらないドーナツ状のルートを作る「サークルウォーク」です。ぐるっと一周する間に地面との高低差が変わるので、こちら側では幹が見えていた木が、反対側では葉の部分、もしかしたら鳥の巣が見えてくる。ツリーウォークみたいな場所が自然と生まれます。

素材はコンクリートブロックです。沖縄は主に石灰岩でできた島で、どこを掘っても石灰岩が出る。それを砕いてセメントにしたコンクリートが盛んに使われてきた。つまり、こちら側に石灰岩の岩山があり、こちら側にそれを砕いて作られたコンクリートのウォークがある。同じものの全然違う現れ、メタモルフォーゼの対比です。人の営みと、自然の猛威と、地球が突き上げてきた形が感じられる結節点として庭ができてくるといいな、と思っています。

——veigさんとの協働はいかがですか。

大野 veigは生態系の研究者の片野晃輔くんと造園家の西尾耀輔くんのユニットで、話しているといつもインスピレーションが湧いてきます。たとえば一本の園路。建築家の僕にとっては植物を抑えるカバーであり人の動線ですが、造園家の西尾くんは「道を入れると光が入って、奥の草むらにレイヤーが見えてくる」と、風景の演出として道を考える。片野くんは「道ができると渡れなくなる昆虫がいて、生態系がグループABに分かれ、また違う動きが始まる」と言う。道一つすら全く違うものとして捉えているので、いつも刺激的です。ロンドンのサウスロンドンギャラリーの庭は、ガブリエル・オロスコと6aアーキテクツとキューガーデンのリサーチャー/ガーデナーのチームで作られていて、それぞれにとって意味の違う場所になっている。一つのことを言うために一つのものを作る全体主義ではなく、それぞれが思い思いの文脈を引っ掛けてベン図のように存在している。あの憧れの作り方を、今ここで実践できているのかな、という気持ちもあります。 


「手入れ」——完成のあとに始まるもの

——完成は数年先ですが、今後への思いをお聞かせいただけますか?

大野 沖縄は植物の成長がめちゃくちゃ早いと聞くので、苗から育っていくダイナミックな状況を観察できる貴重なチャンスだと思っています。その変化を映像なりドキュメンテーションなりでアーカイブしていくと、アカデミックにも美術的にも、将来いろんな価値が生まれるんじゃないか。止まったものを止まった形では考えていません。リサーチから完成、さらにメンテナンスを含めてこれがどう変わっていくのかまで、フローとしてプロジェクトを経験したい。

ただ、そのダイナミックさを放っておくと沖縄は大変なことになるので()、地元の管理会社との対話などラーニングがすごく多いはずです。メンテナンスというより、僕らは「手入れ」という言葉が重要だと思っていて。手を入れて、お互いにとっていい状態をキープする。何もしなければ飲み込まれるけれど、お互いがちゃんとアクションし合っていく。それが沖縄にとっては必須なのかな、と思いますね。

——ありがとうございました。

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大野友資(おおの・ゆうすけ)

DOMINO ARCHITECTS代表/FICCIONES所属/東京藝術大学非常勤講師/一級建築士。1983年ドイツ生まれ。東京大学工学部建築学科卒業、東京大学大学院修士課程修了。カヒーリョ・ダ・グラサ・アルキテットス(リスボン)、ノイズ(東京/台北)を経て2016年独立。2011年より東京藝術大学非常勤講師、2023年より東京理科大学非常勤講師を兼任。