文脈を編み上げる建築へ

――DOMINO ARCHITECTS 大野友資インタビュー〈前編〉

 

 

PAN沖縄プロジェクトのランドスケープ設計を、庭ユニットveigとともに手がける建築家・大野友資氏(DOMINO ARCHITECTS主宰)。リスボンのカヒーリョ・ダ・グラサ・アルキテクトス、東京と台北を拠点とするnoizという、日本の建築家としては異色のキャリアを歩んできた大野氏に、その仕事の根底にある考え方を聞いた。前編では、ポルトガルとイタリアの二人の建築家、そして科学とデザインの交差点での修行時代を振り返りながら、「大文字の建築」から距離を置く独自の建築観の成り立ちをたどる。

聞き手:PAN沖縄準備室(黒沢聖覇、エーブル)/ 202669


「大文字の建築」を使わない

——大野さんのお仕事を拝見すると、日本語で想像するいわゆる「建築」というより、デジタルとアナログ、ハイテクとローテクを横断する複合的な実践に見えます。まずシンプルに、大野さんにとって「建築」とはどういうものでしょうか。

大野 いや、めちゃくちゃ難しいですね()。ただ確かなのは、できるだけこの大文字の「建築」を意識しないようにしている、ということです。「建築とはこうあるべきだ」というマニフェストやステートメントは極力ぼかしたい。大きい言葉を使わない、何かを背負わない、というのが自分にとって心地よい立ち位置なんです。

たとえば「私はサステナブルな建築を作ります」という言い方はあまりしません。その都度、このプロジェクトにとって何が最適かということがあって、サステナブルといった大きい言葉は目標としてではなく、その中に自然に織り込まれている。大きい言葉を使わなくても達成できることはいっぱいあると思っています。

MEGURO MARC HALL+STUDIO, designed by DOMINO ARCHITECTS. Photo by Gottingham.

一方で大事にしているのは、「好奇心」と、その仕事によって得られる新しい視点です。自分はフィールドワークやリサーチがとても好きなんですが、それが制作につながるというより、リサーチをするためにプロジェクトが存在しているような、ちょっと逆転した状況を常に健康的に続けていきたい。

建築というと、ビルや施設のような物体としてのオブジェクトがまず浮かびがちですが、実際には状況も環境も、内的なものも社会も含まれている。そもそも空間には形がなく、オブジェクトの「間(あいだ)」を指していたりする。だからそういうもの全体を「建築」と呼べた方がいい、と自分の中では思っています。風土もクライアントの要求も毎回違うし、作っている間にプロジェクトのコンディションもどんどん変わっていく。その全体を自分なりに楽しめる対峙のしかたを、常に建築としていたいというイメージです。

 

シザとの出会い——環境への溶け込みの中の驚き

——その「流れの中で建築を考える」感覚は、どこで培われたのでしょうか。

大野 僕が大学で受けた設計教育は「ビルディングをどう設計するか」という具体的なトレーニングが中心で、言語化や空間の身体的なボキャブラリーはそこで培われました。でも決定的だったのは、最初に修行したポルトガルでの経験です。

アルヴァロ・シザ(※1)という建築家がいて、僕は今でもずっと大好きなんですが、もともとは日本で写真集を見て「抽象的なボリュームがモダンでかっこいい」くらいの印象でした。ところが旅行で実際にポルトガルに行って彼の建築を訪れたら、思っていたよりずっと地味だったんですよ。探しづらくて「どれがシザだ?」みたいな()。写真で切り取ればバナキュラーなポルトガル建築とは全然違うのに、現地では他のものと並んで自然に溶け込んでいる。でもその溶け込みの中に、すごく巧みな操作で、そこにしかないちょっとした驚きや裏切りが仕込まれていて、ぐちゃぐちゃしたコンテキストの中でその一角だけがぽっと光っている。

Museu de Arte Contemporânea de Serralves, designed by Álvaro Siza. Photo by Gabriel de Andrade Fernandes, via Wikipedia. Licensed under Creative Commons Attribution-Share Alike 2.0 Generic.

シザは何もないところに作りたいものをポンと置くタイプではなく、ずっとそのあたりを漂って散歩して、空気を読むのがすごく得意な人なんだと思います()。同時に「自分だったらこうする」という身体性があって、趣味で描いている馬や女性の曲線のスケッチが建築のスケッチと混ざりあい、最終的に建築のパースになっていく。1個の建物を絶対視するのではなく、それがどういう状況や環境になるのか、素材はどこから来てどこへ行くのかを慎重に考えている。大学で学んだ「問題に対して正解を返すような設計」とは全然違う、もっと東洋的な環境の話に近いものを感じました。

建築を1個の形ではなく、いろんな文脈を織り込んだテキストのようなものとして考えると、いろんなものに接続していくんです。「このドアは近くの教会のドアと結びついている」「この石はこのエリアの産地のもの」「修道院のスケール感で作られている」。街の軸線、風の向き、太陽の方角——そういうものが少しずつ繋がっていく感じがすごく素敵で、かなり影響を受けています。

もう一つ面白いのは、それが全部、外的なものからの合気道でできているのではなくて、そこにシザ自身の好奇心や、そのときやりたいことがしっかり融合していることです。「あ、多分彼は今アアルトに夢中なんだろうな」とか「鉄を使いたい時期なのかもしれない」「ちょっと色で操作したいのかな」とか、そういったものも感じ取れて、すごくチャーミングなところもある。そのあたりのバランスが建築なのかな、と思ったのがきっかけの一つです。

※1 アルヴァロ・シザ(Álvaro Siza)
1933
年ポルトガル・マトジニョス生まれの建築家。ポルト大学で学び、地形や都市の文脈に繊細に応答するモダニズム建築で知られる。代表作にレサ・ダ・パルメイラの海水プール、ボア・ノヴァのティーハウス、セラルヴェス現代美術館など。1992年プリツカー賞受賞。


カルロ・スカルパ——点と点で空間をつくる

大野 もう一人、イタリアのカルロ・スカルパ(※2)という建築家がいます。作品のほとんどがリノベーションか会場構成という、すごく珍しい人です。

有名なのがヴェローナのカステルヴェッキオ・ミュージアム。お城を美術館に変えたリノベーションですが、壁を立てたり部屋を変えたりはほとんどせず、動線の操作と什器のデザイン——階段の手すりやスライドドアの取っ手、そういうものだけで空間を成り立たせている。石積みの荘厳な壁の手前に屏風状の什器を置いて絵を掛け、彫刻の年代の違いを屏風の色でチューニングする。建物からは切り離されたものなのに、美術館として素晴らしいサーキュレーションになっていて、絵にも彫刻にも集中できる。元々あるものを観察し、そのポテンシャルを見出して、必要なものを点、点と加えていく。点なのにちゃんと空間になっている。レイアウトとコンポジションだけのスペースデザインです。ヴェネチア・ビエンナーレの会場設計も初期からやっていた人で、美術の空間の作り方にとても近い。


Gavina Showroom in Bologna, designed by Carlo Scarpa. Photo by Fondo Paolo Monti, via Wikipedia. Licensed under Creative Commons Attribution-Share Alike 4.0 International.

 

※2 カルロ・スカルパ(Carlo Scarpa)
1906年ヴェネツィア生まれ、1978年没のイタリアの建築家。ヴェネツィアのガラス工房ヴェニーニでのデザイン経験を背景に、工芸的なディテールを駆使した改修・展示空間設計を数多く手がけた。代表作にカステルヴェッキオ美術館改修、クエリーニ・スタンパリア財団、ブリオン家墓地等。

 

——カステルヴェッキオは学生時代にご覧になったんですか。

大野 当時は大学生のバックパッカーが今よりずっと多かった時代で、僕も安宿に泊まりながらギリギリの旅費で、できるだけたくさん建築を巡るということをやったんです。そのときにカステルヴェッキオも見て、当時は言語化できていなかったけれど、ただただ感動した。

——聞いているとかなりキュレーション的ですね。キュレーターと建築家が協働するセノグラフィーを、一人でやれてしまう人というか。

大野 そうそう。もちろん実際にはキュレーターと一緒にやっていたとも思うんですが、やっぱりスカルパがいることで、私含め勇気付けられている人は多いと思います。新築ではなくて、こういう観察と調整に重きをおいた空間の作り方をして、数々の傑作を生み出している建築家がちゃんといる、というか。スカルパは一時期ガラス工房でデザイナーをしていた時期もあって、その経験もあるのか取っ手や手すりといったディテールの設計の密度がとても高くて、全部工芸品のような存在感を持っているんです。宝石のようなディテ―ルが空間にポンポンと置かれて空間を作っていく。だから工芸の文脈とも紐付いて、建築家に彼のファンは多いです。実は僕、二人とも論文に書いたんですよ。スカルパが卒業論文で、シザが修士論文。そのモノグラフを書いたとき、自分が惹かれる建築のエステティクスの種が埋められた気はしますね。

——当時からリノベーションへの関心は一般的だったのでしょうか。

大野 いや、なかったです。『リノベーション・スタディーズ』という本が出たのが2003年頃で、その中に早稲田の古谷先生がカステルヴェッキオを語る短いテキストがあって、帰国後にそれを読んで魅力を改めて言語化できた。当時リノベーションは新語で、みんな改修や改装と呼んでいました。今は大学の設計課題でリノベーションがテーマのものが当たり前のように出題されますが、僕の学生時代はストックの社会問題なんてまだ語られ始めたばかりで、卒業設計でもリノベ案はほぼなかったと思います。

 

noizでの修行——科学と情緒のあいだ

——リスボンから、万博の落合陽一のパヴィリオンも手掛けたことも記憶に新しい東京・台北のnoizでも働かれています。これはかなり特殊なルートではないでしょうか?

大野 僕は建築も好きですが、物理学や自然科学もとても好きで。当時設立したばかりのnoizは、アルゴリズミックデザインやパラメトリックデザインと呼ばれる分野を探求している事務所でした。在籍していた頃、「どういうアルゴリズムで自然界の形ができているのか」、論文を読みながらモデリングで再現することが仕事の一つでした。僕自身、雪の結晶や葉脈、トンボの羽の模様や砂漠で風が吹いたときの模様のでき方に興味がありました。

Gravity Fields, designed by noiz. Photo by Daici Ano, via noiz. Licensed under Creative Commons Attribution-Non Commercial-No Derivatives 4.0 International.

 

——中谷宇吉郎のような世界ですね。

大野 そうですね。科学と情緒が共存しているような佇まいとしての建築があると思っています。寺田寅彦、牧野富太郎、中谷宇吉郎、岡潔——科学随筆と呼ばれるジャンルの文章がとても好きで、そういう世界の捉え方に憧れています。シザやスカルパからは、「建築が環境の中にこう現れると腑に落ちる」という佇まいの美学があることを学びました。noizからは、世界の摂理や現象をどう客観的に記述することができるのか、そのための具体的な技術や設計者としての構えを教えてもらいました。

noizではひたすらCAD上で設計をしながらも、それをどうやって物質に落とし込むかをずっと検証していました。シミュレーションをシミュレーションで終わらせず物質化するには、たとえばどういう圧力でどの程度木材が曲がるのか、どの厚みが流通しているのか、総合的な知識が必要になる。複雑な形状をシミュレーション通りに制作するには、建材を記号としての建材ではなく、物質としてのふるまい方を理解していないといけないことが多くて、それがかなりトレーニングになりました。「デジタルとアナログの間」というと今では陳腐ですが、当時はまさにMITメディアラボの人たちがビットとアトムという世界観を言い出した頃で、現実とバーチャルが交わったり離れたりするのをリアルタイムで目撃していました。現場のほとんどは台湾で、多いときは月1くらいで台北や台中に通っていました。向こうの建築学生とワークショップをしたり家具を作ったこともありましたね。

——観察して、文脈を織り直して、点と点を結んで、建築を編み上げていくような。

大野 そういうイメージはあります。その思考のプロセス自体がとても好きなので、それを堪能するために建築を利用している、という側面はすごく強いですね。

 

(後編に続く)